変な話Indexへ戻る

短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである(?)−


その29

「を、をろっ....?」
カウンターに座った本村義夫(30)の顔から、次第に血の気が引いていった。
店員は少し離れたレジ近くで、関係ない業務の話をしながらも何気にこちらの様子をうかがっているようだ。
"あ〜あ、やっちまったよ"
"たまに来るんだよな、ああいうのが"
"どうする?主任に連絡するか"
脂汗が滲む額の上方に、そんな囁きを込めた視線がチクチクと刺さってイタイ。とりあえず、この場をなんとか凌がなければ....
「....すみません、これひとつください」

震える手で会計をすませると、本村は愛機に装着された....というより一体化してしまったPCカードのハコを急いでカバンに詰め、店を離れた。


その日本村は、ネットで得た情報から、格安の無線LANカードが置いてある八重洲の某PCショップへと足を運んでいた。ここのところ下落傾向にあるとはいえ、まだ1万円はするそのカードが6千円で手に入るとあっては、黙って見逃すわけにはいかない。とりあえずモノだけでも見ておこうと思ったのである。
爆安品ということで、品切れが心配されたが、どういうわけかソレは、レジ横のワゴンにまだ随分と残っていた。パッケージを見ると一応"Windows9x,NTx,200x,Me対応"とある。はて、記憶は定かではないが確か"OSR2以降対応"というような書き込みがあったような気がするが....ここはひとつ確かめてみるしかない。
本村「あの....すみませんこれってOSR2以降対応なんですか?」
店員「(パッケージを見ながら)いや、これには特にそういう記載はないですね」
本村「そ、そうですか....(ハコ見てわかんないから聞いてんだよっ)ちょっと試してみていいですか?」
店員「あ、お買い上げいただくならいいですよ」
本村「わかりました。じゃちょっとここで....」

本村は図々しくカウンターに座り込み「テキトーなこと言いやがって、これで動かなかったらゴネて返品してやるぞ....」などと思いながら、Win95無印を入れた愛機を取り出した。
ドライバメディアはCDである。パームトップ機である本村のマシンには、当然そんなものはついていない。仕方がない、メーカーサイトからダウンロードだ....(どうしてそこで件のサイトを見て確認しないのか?)ダメだ、FTPサーバが止まってる....

「確認ができないので、とりあえず返しておこう」そう考えた本村がカードを抜こうとしたその時。

"かつん"

カードが何か内部の固いものにひっかかる音がした。シャッターか....?いやそれにしてはしっかりしている、レール....?そんなところに出っ張りはないぞ....とにかく抜かなければ....
抜く方向を上下に変えてみたり、カードにねじりを加えてみたり....色々とやってみたのだが、ひっかかる位置から先はビクとも動かない。そういえばこのマシン、昨日はじめて落下試験をやってしまったのだが、さてはフレームが歪んでいたか....?

そんなこんなで、テスト料6千円也を支払った本村は、帰りの電車の中で滝のように汗を滴らせながら、抜いてはぶつけ、また挿し、また抜いてはぶつけ....を延々繰り返す羽目になった。マシンは遥か昔に生産中止になった貴重品である。本村にとっては毎日欠かせない愛機なのに、こんな動くかどうかもわからない安物カードと無理心中されてはたまったものではない。
「ええい、ままよっ」
本村は渾身の力を込めて、無理やりカードを引っ張った。
「ぱきっ」という乾いた音を残して、カードは何事も無かったかのように抜けた。
大量の安堵の吐息を吐き出す本村。恐る恐るカードスロットを覗くと、さっきまで挿入を受けていた#2スロットの底板が少し浮き上がっているような気がするが、とりあえずはよかった....

ウチへ帰って、本村は取り出したカードを前に思案した。
"エライ目にあったな、このカードはもうこのマシンに挿さないぞ"
"結局このカードってOSR2以降なのかな....?"
"それにしてもどこに引っ掛ってたんだろ?やっぱ底板かなぁ"
"確認してからでないと他のPCにも恐くて挿せないぞ"
"よし、とりあえず抜けるところまで挿して調べてみるか"
当初の決意とまったく反対の結論が、本村のアタマからはじき出された。本村は再度、しかし今度は慎重にカードを挿してみた。

"かつん"

「を、をろっ?」



惨劇は再び繰り返された。
しかも案の定、WIN95無印はデタラメなリソースを発行してカードを認識しなかった。
本村の脂汗に満ちた夜は更けていく。




....その30へ続く(安物買いの....)