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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである(?)−


その26

「がああっ、またカスやあ〜」

ハンドル下の取り出し口に転がり出たカプセルを見て、本山銀次(10)は天を仰いだ。中に入っていたのは、全長が3cmに満たないピストルで、銃身にコンドームみたいなプラスチックの弾丸がかぶせてある。一応引き金を引くと発射できるのだが、隣りのよぼよぼジイちゃんのションベンみたいに、ものの30cm先の標的もマトモに射抜けないショボさである。
 ディスプレイの中に入っているダイキャスト製のミニライフル「リトルガン」を恨めし気に眺めながら、
「こんなことなら、『井村屋のバイバイバー』を買おといたらよかった....」
と、いつものように一人後悔する銀次であった。

近所の「的場商店」に『リトルコロコロ』がやってきたのは、その年の春の頃である。
10円の落としくじやガチャガチャで育った銀次たちの世代にとって、この30円のガチャガチャはまさに黒船であった。豪華な景品や、間寛平を起用したCMなども型破りだったが、小学生の銀次たちからみると、30円という価格設定は余りに高かった。

世はインフレとはいえ、まだ飴玉10円、串カツ20円、アイスバーが30円の時代である。それまでお菓子を買ったおつりで気軽にできたガチャガチャが、今度はお菓子との二者択一を迫ってきたのである。

今日も暑い夏の日差しの中、お菓子屋「大和屋」の前でさんざん迷った挙げ句、かの大好きなコーヒーアイスバーをうっちゃって残した30円を握りしめてチャレンジにやってきた。が、またしても運命は銀次に味方しなかった。
しかしスカとはいえ大枚を投じて得た景品である。銀次はカプセルをポケットに突っ込み、今日もトボトボと家に向う。
「銀次ぃっ、またんなしょおもないもん買おてきて〜っ!いつまでもとっとかんとほかしてまうでぇっ!!」
かあちゃんのいつもの怒鳴る声が聞こえてきそうだった。

そうして銀次の家にスカとカプセルの山が築かれつつあった、とある日のこと。

夏休みの登校日で昼まで学校にいた銀次は、いつものように商店街を抜けて家路を急いでいた。その日は夏にしては肌寒く、そぼ降る霧雨が商店街をぬらしていた。的場商店にさしかかった銀次は、ふとリトルコロコロの方を見た。すると....なんと、中に入っているカプセルが4個しかないではないか。しかもそのうちの一個は当たり券が入っている!

銀次はポケットをまさぐった。そういえばこないだ友達の専チャンに借りて、今日返そうと思って忘れていた150円がある....
なんのためらいもなく両替を済ませると、興奮して震える手ももどかしく、30円を突っ込んでハンドルを回した。
一回目....スーパーカー消しゴム....アカン、2回目....オバQのパチもんキーホルダー....またアカン、3回目....ミニスライム....なんでやねん....

しかし執念の投資が実って、ついに念願のリトルガンの当たり券をゲットした。
店の中で交換してもらう銀次。実物をもつと、ずっしりと見た目以上に質感がある。ついにやったと思いつつ店を出て、”誰に自慢しよかな....”とニヤついていた銀次は、ふと空になった本体を覗いた。

カプセルをいれてあった本体の底には、4つの穴があいた円盤が取り付けてあり、この中に1個ずつカプセルを捉えるようになっている。レバーを回すとこの円盤が回転して、取り出し口に通じる穴に1個だけカプセルを落っことす仕掛けになっているらしい。
構造を解析していた銀次のアタマに、突如閃きが走った。
「あれ、さっき当たりてどこに入ってたかいな....?」

「おっちゃん、もうリトルコロコロ空になっとるで」
....店に戻った銀次は、何食わぬ素振りでおっちゃんに告げた。
「えぇ、ホンマかいな?こないだ入れたばっかりやったんやけどなぁ。銀ちゃんまたぎょぉさん買おたんとちゃうか?」
「でへへ、また来るさかい、当たりだけ入れといてな」
「アホか、んなことできるかい」
「ほなまた〜」
「あぁ、おおきに」
帰り道、振り返ると的場商店のおっちゃんがカプセルを補充しているのが見えた。ギチギチに詰めているらしい。どうやら勝負は4〜5日以降になりそうだった。

....それから1週間後、銀次は友人の直ちゃんと一緒に、いつものように的場商店へとやってきた。いつもと違うのは、彼の手に大枚の300円が握られていることだ。一週間分の小遣いをこの一時に全て投入するつもりらしい。
リトルコロコロの前に立ち、周囲に人がいないこと、そしてカプセルがあの時より減って、適度なスキマがあることを確かめた。
「なぁ、ホンマにええんかいな、ほんなことして」
「ええてええて、キューピーに見つからなんだらこっちのもんや」
『キューピー』....件の的場商店のおっちゃんである。
意を決した銀次と直ちゃんは、やおら本体を抱えると、いきなり逆さにひっくり返した。
(....どや、直ちゃん入ったか?)
(あかんあかん、右奥や)
(もっぺんいくで....こんどはどや?)
(入った入った!....そのままそーっと起こせ)
(30円30円...おっしゃやったっ!)
勝負は意外とあっさりついた。こないだの経験から、銀次達は4つある穴の左奥に入ったカプセルが次に出てくることに気がついていた。彼らのとった作戦は単純明快というか、乱暴というか、本体そのものを逆さに振って、当たりをその穴に放り込もうというのである。

しかしこんなに上手くいくとは、彼らも予想だにしなかった。
本体が優勝カップに似た、縦長の構造をしているのも、この反則技をやりやすくするのに役立った。
銀次はさっそく一個めを交換に行った。

「おっちゃん、当たったで!」
「また当たったんか、ほいこれや」
「おおきにっ」
コツをつかんだ2個めはもっと簡単にいった。本体ごとガサガサ振ると、中身が当たり券のカプセルは軽いために上に浮いてくる。そこを転がしてやると、あっという間に当たりは出穴に吸い込まれた。

「おっちゃん、また当たったで!」
「おれぇ?またかいな、今日はよぉ当たるなぁ」
「ほんまやなぁ、おおきにっ」
3個目はさっきのシェイクでカプセルが偏っていたために、もっと簡単に当たりがヒットした。

「おっちゃん、もいっこ当たったで!」
....適当なところで切り上げておけばよかった。いくらなんでも、3回連続はヤリ過ぎである。当然のことながら、おっちゃんは不審げに銀次らを見た。
「....またかいな....なんかズルしとんのとちゃうやろな?」
「な、なに言うにゃ。あんなもんどうやってズルせえちゅうねん」
「ほらほやけど....」
「ほ、ほなおおきにっ」
銀次と直ちゃんは、逃げるように的場商店を後にした。もう一回ぐらいはやっていきたかったが、まだおっちゃんが店の小窓越しにこっちを見ているので、さすがに気が引けたのである。

翌日、学校に行った銀次と直ちゃんは、さっそく自慢を始めた。
「....あんなもん当たり出すの、簡単やでぇ」
「あんまし大きな声では言えんけどな、うちら知ってんや」
「....とこういうわけや、すごいやろ」
「おっちゃんが見とらんときやないとあかんけどな」
「そらもう、昨日なんか百発百中やったでぇ」
内緒にしておかなければいけないとわかっていながら、どうしても自慢したい気持を抑えられない二人は、クラスのそこかしこで『ここだけのハナシ』を展開してしまった。

結果は劇的に表れた。

帰りの会、挨拶が終って帰ろうとする銀次と直ちゃんは、担任の田中先生に呼び止められた。
「おい、お前ら、ちょっとハナシがあるんやけど」
「な、なんですか?」
「お前ら昨日的場商店でエラいことしてたらしいな?」
「な、な....なんもやってまへんて、ただガチャガチャを...」
「そう、それや。なんや聞いた話しでは『銀次と直ちゃんが”おもちゃの自動販売機”を持ち上げて、道を引きずり回した挙げ句に、機械をブチ壊して中身を強奪した』ということらしいやんけ。説明してもらおか、これについて」

(ハナシがムチャムチャ大きなっとるやんけ......)

銀次と直ちゃんは必死になって釈明した。結局的場商店にも確認して、強盗の件はひとまず嫌疑が晴れた。だが校則で禁じられている買い食いに準ずる行為ということで、きっちり油を搾られた。
「なあ、おまえらもっとゼニは大切に使わんとあかんやないか。ほんなもんばっかり買うとったら将来、
こんなんに

なってまうぞ



(んな、アホな....)
(大体ダレや、このおっちゃん....?)

とりあえず平謝りに謝って、なんとか居残り説教だけは免れた二人だったが、家に帰るとかあちゃんのカミナリが待っていた。
「銀次ッ!!オマンという子はなにしてるにゃ!的場商店に謝って来っ!」
(な、なんでかあちゃんが知っとんねん....)
「さっきお客さんが来て、『昨日おまんとこの子が的場商店のガチャガチャでプロレスごっこして壊そうとしとったで』って教えてくれたわっ!かあちゃん火が出るほど恥ずかしかったワっ!!」
(こ、こっちもハナシが大きなっとるがな....)

自白を強要された銀次は、的場商店に当たりを返しに行かされた挙げ句、問答無用で小遣いの1週間カット判決を言い渡された。
無論、控訴の余地は全く無かった....

「おとちゃん、200えんいれてハンドルぐるぐる、いくのぉ?」
「なんでそんな事だけ覚えているんだ。オマエは....?」
「おとちゃん、トーマスくん、でてくるんだよ」
「わかったわかった、夕食材料仕入れたらおもちゃ売り場にいくぞ」
「....おとちゃん、200えん、いれてくぅ〜ださいっ」
「はいはい、ほら、自分でハンドルまわすんだぞ」
「ぎんぺい、じぶんでまわすの」
「(ごとっ)....ほぅら、トーマスくんだ....と思ったら、なんだこりゃ、『貨車たち』じゃないかぁっ..」
「なんでかしゃたちぃ〜っ?」
「はずれだこりゃ、しょうがないなぁ」
「おとちゃん、とーますくん、なんででてこないのぉ〜?」
「....なあ銀平、『ガチャガチャ必勝法』って知ってるか?」

....四半世紀後の銀次と、あの日のままの銀次がふたり、目を会わせてニヤッとした。



....その27へ続く(今でも使えるらしい)