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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−

その23


「とうとうやってきてしまった....」

井川輝男(25)は、ホーム下り方にある「日本最南端の駅」と書かれた碑に向かってゆっくり歩を進めた。碑の向こう側には、開聞岳が午後の日差しを背後から受けて黒くそびえ立つ。薩摩富士の異名を持つその山は、数百メートルという高さの割に異様に大きく見える。碑のそばに辿り着いた井川は、到達の充実感と、あまりにも素っ気無い駅の風景に対する虚脱感が相半ばして、ただぼんやりと碑を見上げていた。

「日本最南端」....指宿枕崎線・西大山駅をこう表現すると聞こえはいいが、実のところは単なるローカル線の途中無人駅である。日本における東西南北端の駅のうち、本当に端の終着駅は、最北端の稚内駅だけで、西の松浦鉄道・たびら平戸口駅、東の根室本線・東根室駅も途中駅になっている。たびら平戸口駅は曲がりなりにも観光地の駅だし、東根室は無人駅ではあるが根室市郊外の住宅地にあり、そこそこ利用客がいる。

それに比べてこの西大山駅は、本当に何も無いのだ。駅前は畑と畑の間に草がボウボウに生えたロータリーのつもりらしき空き地と、何者か良く分からない倉庫が2個立っているだけで、もちろん駅舎などというシロモノはどこを見回しても見当たらない。端の駅の中でもショボさでは群を抜いて一番なのである。

こんな状況だから、駅スタンプ馬鹿の井川を満足させるようなスタンプを設置してあろうはずもない。実は終点の枕崎駅には「日本最南端の終着駅」と銘打ったパチもん臭いスタンプがあるのだが、妙に律義なところのある井川は、之を以って日本最南端の駅に来たという証しにするのは気持ちが許さなかった。
「駅に降り立って碑の前で写真を撮っておこう」
この駅に降りた目的を思い出した井川は開聞岳をバックに、三脚を立ててカメラを据えた。

とりあえず目的を果たした井川だが、列車はこの後3時間ほどやってこない。しかし時間を潰すには、あまりにも何も無さ過ぎる。駅近くに見えた細い道を少し歩くと、錆びて今にも折れそうになったバス停が叢から現れた。これによると隣りの大山駅を経由して山川駅に至る別の路線があるらしい。全国版時刻表には載っていない路線である。こちらも次の便まで1時間以上あるが、隣りの大山駅まで歩いていけばちょうどいい時間になりそうだ。たまには列車を離れてお散歩もいいものだ。

線路の上を歩き出した井川だが、おりしも桜島が活動期で、遠くの景色はぼんやり霞んでいた。もともとダストに弱い井川の鼻は、ものの数分も歩かないうちに火山灰を吸い込んで爆発をはじめた。とてものどかな田舎道を満喫という雰囲気ではない。くしゃみを連発しながら、ともかく辿り着こうと足を速めた。

『土日は運休いたします』

”おいおい....”破れかけた貼り紙を見て、井川は天を仰いだ。
苦労して一駅歩いたのが水の泡である。こうなったら仕方がない。2時間以上の待ちだが、今夜の宿を探す予定である枕崎に向かうことにした。
旅日誌をつけたり、駅名標にラクガキをしたりして時間を潰す井川の退屈が飽和に達する頃、ようやく日が傾き下り枕崎行きがやってきた。

車内に人影もまばらな2両編成の列車が、さきほど井川が歩いてきた線路をトコトコ戻っていく。数分の後、井川は再び西大山にやってきた。ドアが開き、また閉まる音がして列車が動き出す。明日は枕崎からバスで串木野に抜ける予定である。最後にもう一度最南端の駅の碑を見ておこう。

井川は窓を開け、身を乗り出した。

彼の目に映ったのは、卒塔婆の形をした件の碑とともに

夕闇の只中に


屹立する三脚



であった。

固まったままの井川を乗せた列車は、琥珀色に染まる開聞岳を目指して行く。
次の薩摩川尻まであと3分、折り返しの待ち時間は1時間半である。

....その24へ続く(JR、ぼんぼや〜ぢ)