変な話Indexへ戻る

短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−

その21


「しゃあぁぁぁぁぁぁっっ!!」
常詰雅彦(19)の上段正拳突きが鋭く敵の鼻下、急所の人中にヒットした。常詰の腹を狙ったフック気味のパンチを下段受けで抑え、ジャンプしながらの交叉法は、技術的には完璧だったし、これが試合なら完全に一本だっただろう。
だが、Aと名乗る男は首を軽く左右に振りながら言った。
「なにそれ?」
”きいてないよぉ....”
常詰は、深刻な、だがどこかのコメディアンのキメみたいな台詞を心の中で呟いた。”大体オレ、正拳突きって苦手なんだよ、小さい頃から懸垂なんて2〜3回が限度だったし””こんなことならもっと拳立てをマジメにやっとくんだった”

....だが、Aは常詰に無益な考えに耽るヒマを与えなかった。大木のように鍛え上げた右脚から、ローキックの暴風が常詰の膝をめがけて打ち出される。とっさに膝を折り太股で受けた常詰だが、太股の外側、腸脛靭帯を直撃され、左足は一瞬感覚を失いバランスを崩す。間髪を入れず上段に回し蹴りがきた!あやうく蹴り脚をくぐるように地面を転がり、Aの側面に逃れた。戦闘空域から離脱し、体勢を整える。その間にもAは、悠然と間合を詰めてくる。”どうしよう....”日頃ナマクラな稽古しかしていない常詰の生半可な技は、このような実戦ではまったく通用しない。意を決した常詰は、猛然とAに向かいダッシュした。
「なんだなんだ、玉砕かぁ?」
体当たりをしてくるのかと、前面の守りを固めたAの頭上から、意表を突いて常詰のカカトが降って来た。
「....胴回し回転蹴りっ?!」
咄嗟に十字受けで受けるA。しかし、常詰の目的はそこになかった。逆さの体勢のままAに体当たりしながら、右手はAの下腿を捉えていた。もつれ合って転倒したまま、常詰は脇に抱えたAのアキレス腱を力の限り締め上げながら、内に捻った。
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
ウェイトのあるAが下半身に弱点を持つのでは..という常詰の読みが当たった。Aは完璧にホールドされて、決定的な、だがヘンな一言を口走った。

「ま、まいったっ」

(まいった....?)常詰も呆気に取られている。だがAにもう戦闘の意志はなさそうだ。わけのわからないまま行動に迷っている常詰に、冴子の声が飛んだ。
「常詰クン、うしろっ!」
手足のひょろ長いBという男が、まさに常詰の頭めがけてサッカーボールキックをブチかまそうとしていた。間一髪アキレス腱固めを解いて肘でブロックし、そのまま起上がる常詰に向けて、ロングレンジから速射砲のような回し蹴り連射が襲って来た。短足短手の常詰にとって、この距離はどうみてもBの間合である。不利を悟った常詰は、蹴りの何発かをもらいながら、またしても一気に接近戦に持込んだ。試合ではほとんど使わないが、常詰の肘だけはかなり強力で、そのため所属する大学の空手部内で彼は半ば試し割り要員になっているほどだ。

何発かの肘をBにお見舞いして、ひるんだBが中途半端に間合を外した瞬間、意外に柔らかい常詰の脚が上段蹴りとなってBの顎をとらえた....ように見えた。しかし蹴りはわずかにかすったのみだった。下半身ががら空きになった常詰....だがBは攻撃してこなかった。Aに続きまたしても、”もう勝負はついた”といわんばかりの態度で背を向け、悠然と歩み去る。

ストリートファイトというにはあまりにもアッサリしすぎている。大体なんで1対3なのに一斉にかかってこないのか。常詰はおかしなこの戦いに、3人目のCがボディを連打してくるのをかわしながら
「なんなんだ、いったい....」
と混乱していた。

....その日曜日の午後、常詰は道場での稽古の前に、金沢駅の西口にあるいつも立ち寄る本屋へと自転車を走らせていた。この本屋は最近には珍しく、コミックスが立ち読みokの店なのだ。場所的な不利も影響しているのだろう。駅は3年後の国体に向けて高架化工事が進められているが、今はまだ市街地のある東側から行くには、遠回りして下り方の操車場をオーバーパスするか、狭い上り方の地下道を通っていくしかなかった。

自ら「武闘派鉄ちゃん」をもって認ずる常詰が、いつものように下り方の高架橋の上から、操車場に置かれている貨車の数々をチェックした後、内灘海岸へと抜ける街道から駅の西口へと折れる交差点で信号を待っていると、
「あの....すみません」
と声をかける人がいた。

常詰が振り向くと、白コットンのワンピースに身を包み、長いストレートヘアに亜麻色の夏帽子を被った清楚な雰囲気の女性が立っていた。歳の頃は常詰より少し上くらいだろうか。
彼女は常詰に頼りなげに話しかけた。
「すみません、アトリオに行きたいんですけど....道がわかんなくなっちゃって」
「ああ、それなら出口が反対ですよ。ちょうど駅の向こう側なんですけど」
「ええーっ、そうなんですか〜?どうしよう....」
「でもこっからだと結構有りますよ、駅の向こうに出てもバスで10分ぐらいはかかるし」
「そうですか....」彼女は困った様子でうつむいた。
常詰はヨコシマな親切心がむらむらと湧き起こってきた。もともと普段女性とマトモな会話をすることがない常詰である。大学で彼の在籍する学部は女性上位で、常詰達男子などは人間扱いを受けていなかった。こんなチャンスを逃す手はない。
「あの..もしメイワクでなかったら自分送っていきますけど」
彼の周りの女性にこんなことを言ったら、即座に
”常詰クンのチャリに乗るぐらいだったら、歩いていった方がマシだわ”
というような返事が返ってくるのは間違い無い。でもその女性は違った。
「あっ、いえそんな、それだととても助かりますけど....それじゃそちらがご迷惑でしょ?」
そういわれて引き下がるような常詰ではなかった。
「ぜんぜんっ、これから市内に戻るところだったんで、ちょうどいいっす、ささ、どうぞ」....こうして常詰は、女性と自転車二人乗りという、恐らく生涯初の快挙を成し遂げることになった。
後ろの荷台に横乗りした彼女の白い手が、自然に常詰の腰に回された。「をを〜ぅっ」こんなことですらドキドキしてしまう常詰だった。天にも昇る心地とはまさにこの事だったが、それにしても上り方の金石港と市内を結ぶ街道のアンダーパス上りセクションは、2人乗りのまま通過するにはかなりキツかった。
「あ、あの....降りて歩きましょうか?」
「な、なんのこれしき....ぜ、全然楽勝っすよっ....」
「そうですか....あの、空手をなさってるんですか?」
「え?どうして....ってああコレですね。しかしこれが空手着とよくご存知ですね?」
「え、あ、その....帯に書いてあるから....」
「あそっか、あはは」
「茶帯なんですね。強いんですか?」
「いえいえ、それほどでもないっす」
”ををっ、なんか女の子とちゃんと会話になってるじゃん”常詰は自分がちょっとエラくなったような気がしていた。
そして彼女を無事送り届けた常詰だったが、どうしてもお礼がしたいという彼女の誘いで、食事をすることになった。もちろん断るような常詰ではない。

常詰行きつけの洋食屋で遅いお昼をとりながら、彼女と色々な話しをした。彼女は冴子と名乗った。休みを利用して、半島中央の地方都市・羽咋からこの街に遊びにでてきたとのことだった。「女性と食事をした」という、ただそれだけでも常詰にとっては十分スゴいことなのだが、この後の彼女の予定が空いているようなので、彼が街を案内して回ることになった。

犀川沿いの繁華街や、官庁街の竪町の裏路地に最近できたスポットをあちらこちら散策しながら「これって、もしかしてでぇと?」とやに下がる常詰だった。

いつしか時間は飛ぶように過ぎ去り、夕暮れが街に迫って来た。
常詰は、「家に『遅くなる』って電話してくる」という冴子を県庁前でドキドキしながら待っていた。やがて戻ってきた冴子と常詰は濃い青色に染まる並木道を、肩を並べて歩いていた。
「あの、今日はホントにありがとう。とっても楽しかったわ」
「自分もっす」
「でも、もしかして稽古とか行く予定だったんじゃないの?」
「とんっでもないっ、今日は休みだったんすよ」常詰はフカシをこいた。
「そうだったの....とにかくありがとう。でも常詰君の彼女はいいな、強そうだからなんかあったら守ってもらえそうだもん」
「い、いやー自分いないっすよ、そんな」
「えー信じられない!ホント?」
「ホントっすよ〜心外だなぁ」
「あ、ゴメンそんな意味で言ったんじゃないの」
「いいっすいいっす、気にしてないですから」
「よかった。ねえ....もし私が常詰君の彼女だったら、守ってくれる?」少しはにかむように冴子は常詰を見上げた。こんな状況に常詰は全く慣れてなかった。少し考えればハナシができ過ぎであることは明らかなのだが、脳内血流が沸点に達した常詰のアタマにそれを判断しろというのが無理な相談だった。
「も、もちろんっすよ!」
「じゃあ守ってあげてね、カレシ」
野太い声に振り向くと、どうみても一般人ではない3人の男がニヤニヤと笑っていた。
「な、なにかご用ですか?」常詰はかなり場違いな質問を彼らに投げかけた。事態はハッキリし過ぎているのだが、理解するには状況の変化が急すぎた。

常詰はカラダも心も全く戦闘態勢が整わないまま彼らを迎え撃った。それでも反射的に2人を退けたのは、日頃の稽古が役立ったというよりも、友人とのプロレスごっこのおかげだったかもしれない。しかし3人めのCは堅実な正拳を正確に常詰の中段に打ち込んでくる。”こいつ、上手い....”アタマの中をそんな思いがかすめた瞬間、常詰の緩んだガードを突き破って、Cの中段突きがみぞおちを直撃した。思わず上体を折る常詰。そんな彼をCは裏返し、マウントを取ってボコりはじめた。必死に顔面をガードしながら、なんとか決定的な一撃を避け続ける常詰。こうなったら手段を選んでいられない。ガードが甘くなるのを承知で、常詰は片方の拳を固め、Cの股間に思い切り打ち込んだ。「うっ」Cのうめきが聞こえ、手応えがあったその瞬間、Cの重い拳が顔面に打ち下ろされていた。
目から星が出る、というやつをはじめて現実に体験した常詰だった。Cも常詰の攻撃を食らって倒れ込んだようだが、常詰も立ち上ることができなかった。
「....あらあら、大丈夫?....のわりに...ったわね...」
夕闇の空に浮かぶプラタナス並木の葉並みを見上げたまま動けない常詰の耳に、切れ切れに冴子の声が聞こえてくる。が、妙に落ち着いたその声は、どうやら常詰に向けられているのではないようだ。
「....ささ、撤収撤収」
"撤収....?"冴子の謎の言葉に混乱しながら、常詰の意識はそこで途切れた。

....どのくらい時間が経っただろう。気がつくと常詰は大手門下の公園のベンチに寝転がっていた。3人の男の姿も、冴子の姿もすでにない。
「いったいなんだったんだ?」
常詰はガンガンする自分のアタマの記憶と思考に自信が持てなくなっていた。だが、体の各所にのこるアザと、口の中の金属味は確かに戦いがあったことを裏付けていた。

そんなことがあった数週間後。
常詰は年2回開催される昇段審査を受けるため、内灘の武道場に来ていた。ようやく先日の負傷が癒えてきたところだが、治療のためと称して稽古をサボっていた常詰には、今日の審査はかなりキツいものになりそうだった。
審査は型と組手の2課目になる。まず審査員を前に開会の挨拶が始まった。
「....それでは、本日の審査を担当されます先生方をご紹介します。本来なら石川県空手道協会長・羽咋支部師範の根岸先輩にお越し頂き、審査長をお願いするところですが、本日多忙により、羽咋支部師範代・根岸冴子四段に代理をお願いしております。では根岸師範代、お願いします」
(あ、あれ....?!)常詰は目玉が転がり落ちそうになった。数週間前、確かにほんの少しではあったが時間を共有したあの清楚な女性が、今日は長い髪を凛々しくまとめて白い空手着に身を包み、4本線の入った黒帯を絞めている。

「代理をおおせつかりました根岸です。本日は皆さんの普段の稽古の成果を十分に拝見するつもりです。日頃から父は『実戦主義』を口にしております。『実戦で3人程度に囲まれてもなんとかするぐらいでなければ黒帯に値しない』とも申しておりました。したがって組手の結果も十分に考慮させていただきますのでそのつもりで」
(き、きったねぇ〜っ!)
常詰は正面に礼をしながら、一人毒づいた。どうやら常詰は、彼女のテスト台にされたらしい。ようやくそのことに気づいた常詰は、どうやって仕返しするかを真剣に考えた。いくら女性とはいえ、4段といえば相当の実力者である。まともにつっかかっても敵う相手ではない。
「そうだ、事故ならしょうがないわな、事故なら....」
常詰は冴子に衆目の中で恥をかかせるための策謀を練るべく、なけなしのアタマをひねった。

型の審査が始まった。常詰はそれまでオーソドックスな『抜塞大』をするつもりだったが、『慈恩』を選択した。この型は連突きによる移動距離が長いのが特徴だ。
常詰が正面を見据える。その視線を受けた冴子が薄く笑った。
(おのれ、見とれ〜っ)
常詰は最初のパートを終えると、明らかにオーバーと思える歩幅で連突きを繰り出しながら、一気に審査席との間合を詰めた。眼前には冴子がいる。常詰は遠慮会釈なく、渾身の力を込めて正拳を撃ち出した。左右に避けるには、審査員席は近づき過ぎている。

拳が冴子の顔面をモロに捉える....はずだった。だが、捉えられたのは常詰の拳のほうだった。しなやかに伸びてきた冴子の白い手が、常詰の拳をはっしと受け止め、そのまま掴んだ。思わず引き手をとろうとしたが、並外れた彼女の握力がそれを許さない。凍り付いた常詰に冴子は、彼にしか聞こえないような声で囁いた。

「マダマダね。

坊やったら」


さっきまでの殺意はどこへやら、常詰は完全なる敗北を悟った。

しかも、それだけではすまなかった。

その後の型もボロボロ、意気消沈したまま苦手な組手の審査を待つ常詰に、背後から聞き覚えのある野太い声がかかった。
「よぉ、こないだはどうも」
黒帯を締めたA達3人だった。
「あ、あんたらなんでここに....?」
「なんではないでしょ〜師範代に言われてキミらの相手をしに来たのに」Bが笑った。
「や、やっぱりあんたら....」
常詰はようやく声を絞り出した。
「そうだよ。丁度片町の道場に来てたら、師範代から『面白そうなのがかかったから試しにくる?』って電話があってね。いや〜あんときはなんだか変な技やら禁じ手使ってたけど、今日はあんなのナシで、ちゃんと組手しようね」楽しそうにCが言った。

すでに気分は試合放棄の常詰であった。
その後、常詰が”ちゃんとした組手”で『合法的ボコ3連発』を食らったのは言うまでもない。

....その22へ続く(汨羅の淵に波騒ぐ〜♪)