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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−

その18

等々力4丁目跨線橋の合流を過ぎると、目黒通りはいつもの混雑が始まった。喜多見茂(25)は愛機XT250Tを左車線の外側へと移動させた。

喜多見は世田谷の尾山台から都心のオフィスまでバイクで通勤している。初めは電車だったのだが、オフィスまでの道がほぼ目黒通り一直線であることを知ってからは、雨の日もおかまいなくバイクである。1時間半かかるところが15分でついてしまうのなら、その程度の苦労はなんでもない。元々バイクが趣味の喜多見でもあった。

渋滞は中根交差点を過ぎてますます激しくなった。都立大前駅付近の路駐も混雑に拍車をかけている。左方スリ抜けが難しくなってきたので、喜多見は柿の木坂交差点手前で右折レーンをスリ抜け、直進した。ここはハミ禁ゾーンである。違反であるが、ここでは今まで一度も捕まったことはない。楽観して通過を図った喜多見の目に、反対車線からこちらに指差し確認をしているVFR750P搭乗の白いおじさんが目に入った。

「しもたっ」
喜多見は一瞬固まった。しかしこんなところで止まるわけにもいかない。
とりあえず柿の木坂交差点を過ぎてダイエー碑文谷店前まで来たが、白ブイの姿はない。さては、
「こらこら、そっちは右折だよ〜」
と教えてくれただけなのかな....?、それとも、追撃しようにも、鉄柵の中央分離帯にはばまれてUターンできず、見失ったか?喜多見の脳裏は、若干楽観側に傾いた。
しかし、白ブイは甘くなかった。目黒郵便局を過ぎてYSPショップ前にさしかかる頃、サイドミラーは後方から猛追をかける回転赤提灯を捉えた。

その瞬間、喜多見の中で何かが弾けた。

その数日前、喜多見はオフィスの上司と飲んでいた。
この上司はメカが好きで、喜多見とは話が良く合った。彼も世田谷に住んでいて、バイクで玉川通りを通って通勤してくる。ひとしきりバイク談義に花を咲かせた後で、こういった。
「なあ喜多見、交通違反なんて現行犯が原則なんだから、捕まんなきゃいいのよ、要は」
「はぁ、そんなもんすか..」
「そうだよぉ、だって俺、白バイをブッちぎったもん」
「うえっ、マジっすかぁ?」
「ナンバーだって曲げといたからアシついてないし、後日その白バイ見たけど何にもできないもん」
「へぇぇ、ほんとなんっスねえ」
「そんかわしそいつ執念深い野郎でさ、それから毎朝俺のこと張ってて、なんか違反したらとっ捕まえてやろうと後をついきやがんのよ。おかげで半年ほど警護つきのVIP待遇さ」
「なんだそりゃ、白バイストーカーじゃないっすかぁ..」
....後で考えるとフカシに思えなくもないが、「現行犯」というところだけが妙にリアルに喜多見のアタマに残っていた。

そうだ、逃げ切ればいいんだ....

喜多見はスロットルを全開、ギアを蹴り降ろした。
ポニーよろしくトコトコ走っていた4ストトレールは突如マスタングと化し、シングルの爆音を上げて半ばウィリーのまま狭いスリ抜けゾーンを突進していった。

もとより、28PSのXTと、公称でも77PSのVFRではパワーに差があり過ぎる。ここが根岸産業道路あたりだったら、追跡された途端にゴメンナサイだっただろう。しかしここは朝の目黒通り上り車線だ。道なき道を走るためのトレールには通れても、サイドガードを完全装備した白ブイには困難なスリ抜けが随所にある。勝算があるとすればそこしかない。

やおら、ブッシュガードが激しく車のミラーと接触した。ミラーと、こちら側もなにかが吹っ飛んだらしい。しかしそんなことには構っていられない。喜多見は更に加速した。
とはいえ、さすが白ブイ隊員である。あの巨体を苦も無く操り、サイレンと赤提灯で周囲を威嚇しながら、確実に喜多見に肉薄してくる。目黒車庫前の三叉路が近づく頃にはかなり間合がつまってきた。おりしも信号は赤である。

幸い、三叉路の分岐は反対方向の下り車線側である。意を決した喜多見は路肩のブロックをジャンプ一番飛び越え、歩道を猛然と通過した。開店準備中の花屋が慌てて飛びのく。落葉を巻き上げながら信号を突破した後、再び車道に戻った喜多見は慄然とした。
前方をじーちゃんのカブが塞いでいる。歩道側はガードレールで逃げ場がない!

しかし運は喜多見に味方した。前方5mほどに停車していた車が、追い越しレーンに割り込み、そこに1台分弱のスペースが空いた。その前に「中村牛乳店」と大きく書かれたトラックの荷台が見える。喜多見は後輪をフルロックさせた。接地力を失って大きく流れるリア。喜多見は車道側にフロントを向くようコントロールしつつ、アウト側ステップから離した左足で、「牛乳」の文字に渾身の力を込めた蹴りを見舞った。

ガン・ボーイまがいの「マボロシの多角形コーナーリング」を成功させた喜多見とXTは、そのまま追い越しレーンを跳ね越えて反対側車線を逆走し、赤信号の油面・大鳥神社両交差点をいずれも眼前を通過する車をスラロームしながら突破した。後者などは山手通りとの交差点で交通量も多く、普段ならとても信号無視などできる交差点ではない。しかしアドレナリン全開の喜多見には、さして難しい芸当には思えなかった。白ブイはすでに影もカタチもなかった。最早誰も彼に追いつくことはできないだろう。

日の出女子学園の女子校生を横目に見ながら、この時喜多見は俺こそストリート最速の男だと一人世界に入っていた。

オフィスに辿り着き、さめやらぬ興奮のまま仲間にさきほどの武勇伝を語る喜多見。呆れるやら感心するやらで、盛り上がる彼らの元に、事務の木村光代が喜多見への電話を告げた。
「あのぉ『碑文谷警察署』の方からお電話ですけど....」
....喜多見は、砂の像さながらにサラサラ崩れる自分の幻影を見た。

「あ、お、お電話代わりました」
「やあ、さきほどはどうも、
 ボクの事、

覚えてる?


「は、は、はいっ、なんとなく....」
「ヤだなぁ、さっき一緒に風を感じた仲じゃない。それにしてもスゴかったねぇ、あのきっくたーん。あんなこと何回もやられたら困るから途中で追っかけるのヤメたんよ。あ、そうだ、記念写真撮ったけど、取りにくる?」

こうまで言われてバックレるほど、喜多見はタマが大きくなかった。
「はひっ、うかがいますー(半ば涙声)」

結局、ミラーとの接触の際に落したハーフカウルに、喜多見行きつけのバイクショップの番号が入っていたためアシがついたようだった。
累積点数は、ハミ禁・信号無視x3、速度違反、走行禁止x2で23点だったが、平謝りにあやまって、最初のハミ禁だけでカンベンしてもらった。

しかし、喜多見は懲りていない。次回のためにと、素早く逃げ込める路地を確認しながら帰宅した。

「敗者が最も好む言葉は『今度こそ』である」
(ニューキャメロット市軍最高司令官
      ケネス・ギルフォード中将)

....その19へ続く(しまった、スタビライザーを...)