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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−

その15

藤田裕也(18)らの眼前には、遠く街の灯りを見はるかす断崖が広がっていた。フロントガラス近く身を乗り出しながら、これがもう少しゆったりとした気分で、できれば彼女なんかと一緒に眺められたらいいのにな....と思った。

....時を遡ること少々。

藤田たちの乗ったEP71は12バルブヘッドの咆哮を奏でつつ、一般車の往来もほとんど途絶えた峠の夜を切り裂いていった。ドライバーは藤田、彼のドライビングはEP遣いの基本に忠実なスローイン・ファストアウトである。

EPは先代と違いFFなのだが、リアのリジッドサスの影響か下り中速コーナーの回頭性にやや難がある。その代わりに立ち上がりはそのトラクションの高さにものをいわせて一気にトップスピードまでもっていくことができるのだ。とはいえ、グリップ走行に徹する藤田のドライビングでは、とてもそこまでの限界性能を使い切っているとはいえなかった。藤田は自分の中での全開走行で全き興奮状態にあったが、スキール音も立てないような走りでは、一般車と速さはそう変わるわけではない。

2番手は正木だった。彼は既にバイクでこの峠のクセを知悉していて、コーナーリングのポイントをよく見抜いている。加えて2輪で養った荷重移動の感覚が冴え、正確にクリッピングポイントを捉えながらスムーズに加減速を繰り返し、藤田とは比較にならないハイレベルな走りで、一気に峠を駆け下る。

2本目を終ったところで、藤田らサークル仲間の5人は峠下のコンビニで休憩することにした。おにぎりとコーラで腹ごしらえをしながら、3本目は誰にするかを決めていた。
「笹本くん、いってみる?」中村がいった。
「いやぁ、自分はあまりうまくないからあとでいいよ」彼らの中では年長で、分別もある笹本である。一応そう答えたが、まんざら走りたくないわけでもないらしい。
「まあいいじゃんヘタでも、やってみたら?」藤田も押した。
「そう?じゃあ....」笹本が乗り気になった。とそこに、その横から突然
「俺、いってもいいよ。」武藤が割り込んで来た。

「やっぱりこいつだよ....」藤田と中村は思った。悪いヤツではないのだが、性格がアッサリしていて、基本的に超マイペースな男なので、見ようによっては傍若無人に見えるのである。
結局笹本が折れて、3本目は武藤がいくことになった。

まるで自分たちの足のようにEPを扱う彼らなのだが、実のところこの車は単なる素ノーマルのレンタカーに過ぎない。サークルの交流試合にいくことになった彼らが借りて来たものだ。いや、というより、試合会場までの足がないという皆の不便を考えて笹本が用意したのである。だが試合は明日なので今晩は車があいていることになる。
藤田と中村が「じゃあ、県境の峠にドライブでも行こうや」と提案したのに対し、笹本はあまりいい顔をしなかった。「いやー、明日は試合だし、もしなんかあったらまずいんじゃないかい?」中村はともかく、藤田が先日ようやく免許を取ったばかりだということも笹本は知っていた。が、彼の理性的な配慮は
「大丈夫だって」
という、武藤のひとことで吹っ飛ばされてしまった。

武藤の走りは正に「野生」そのものであった。「野人」「天然児」中村や藤田は武藤をそう呼ぶ。常人にはどう考えても無理と思えるような状況を、筋力と精神力でどうにかしようとする。だが、なぜかそれでなんとかなってしまうところが、武藤という男の悪運の強さなのでである。彼らは明らかに限界を超えた進入速度に何度も凍りつきながら、それでもどこかで、
「武藤ならなんとかなるだろう」
という、根拠のない安心感を持っていた。

だが最強を誇った武藤の悪運も、峠を2/3ほど下った、16個めの複合カーブでついに力尽きた。武藤がアクセルとブレーキを一瞬踏み間違え、減速に失敗したEPは、どアンダーのままガードロープを直撃した。ロープを支える支柱は100分の何秒かの抵抗の後敗北、畑の大根よろしく根こそぎ掘り起こされ、支えを失った彼らはそのまま直下数10mの崖下へ人生最後のバンジージャンブ(切れてるけど)をする....はずであった。

「....おい、ちょっと傾きが大きくなってないか?」
「気のせいだろ」
「そうかなあ、正木、もうちょっと後ろに寄れない?」
「重力に逆らってるからなぁ、ねぇ、少し休んでいい?」
「永久に休んでいたいならな」
「そりゃ困る」

口をついて出る軽口ほど、彼らに余裕はなかった。しかもそれぞれが車内で不自然な格好のまま抱擁を強いられている。
彼らの乗ったEPは崖下を覗き込みながら「行こかなー やめとこかなー」と思案している様子であった。抜けた支柱がマフラーをへし折り、それが地面に刺さって前方への速度を減殺されたEPが、そのまま倒れた支柱の上に乗っかり崖っぷちのシーソーと化したのは、武藤の悪運の残りカスがなせる業だったかもしれない。

だがそこまでだった。少しでも車内で動けばバランスが崩れ、谷底へまっさかさまの様相である。とにかく全員で固まっているしかなかった。

「だれか通らないかなぁ」
「無理でしょ、こんな夜中に」
「でも、こんなで朝までまってるのか?」
「う〜、自分腰がキツイぞ〜」
「大丈夫だって」
「お、おい武藤やめろ....!」

中村の悲鳴とともに他の3人が目にしたのは、まるで何事もなかったかのようにドアを開けて外に降りる武藤の信じがたい姿だった。支点より道路側に位置した武藤という重石を失って、車は一気に谷側に傾いた。万策尽きたと思考停止に陥る4人、ところが天佑か、傾きでボディが歪んだせいかリヤのハッチが開いた。藤田らは争ってそこから脱出した。
EPはそのまま崖を数m転がり落ちたが、ちょうどそこにあった立ち木に引っかかってなんとか止まった。
「ほら、大丈夫っていったじゃん。どうせ落ちてもあそこまでだって」
淡々と語る武藤に対し、
「そういう問題か?」
「オマエが降りたから落ちたんじゃっ」
「大体あんだけ転がったらオマエを除いて全員無事では済まんわ」
と心の中でツッコミを入れながら、口に出しては何を言う元気も余裕もない藤田たちだった。

車は、全損だった。
保険はきいたが、免責分は全部笹本が支払った。
武藤は相変わらず何事もなかったかのように、
「また車借りて走りに行こう」
と言っている。
笹本は「また機会があったらね」と返事した。
それを見ながら藤田ら他の3人は
「笹本くんってやっぱり

基本的にイイやつ

なんだなぁ...」


と思った。

それにしても武藤というヤツは......

....その16へ続く(まさかのために○○火災....はもうない)