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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その10
23:45
何かがおかしい。

ひと寝入りした牧田浩二(26)は、列車の止まる気配で目を覚ました。時刻表によれば、本来ならもう原ノ町駅あたりを走っている時間帯なのだが、窓の外には「平」の文字が滲んで見えた。

「お客様に申し上げます。当列車4号車発電機故障のため、平駅で点検をいたします。しばらく停車いたします。お急ぎのお客様には大変ご迷惑をおかけしますが、いましばらくお待ちください」
....恐らくはこの夜汽車の中で唯一の急ぎの客である牧田は天を仰いだ。

牧田は今乗車している「十和田」を、このあと深夜2時着の仙台で降り、折り返し上野行き「八甲田」に乗り継いで福島、そして磐越西線の始発に乗ろうとしているのだ。凡そ一般人に理解されないであろう非常識な旅だが、牧田自身は時刻表を精細に検討した結果練りだした、素晴らしいプランだと一人悦に入っていた。それがいきなりアタマから瓦解の可能性大である。もう修理などどうでもいいから、とにかく走ってくれと思った。

0:20
結局点検は徒労に終わり、4号車と、その発電機が担当する5・6号車は非常用の豆球がついた薄暗い室内のまま発車した。もう仙台乗り継ぎの余裕はほとんどない。とにかく走り出したことで良しとせねばならなかった。

「お客様に申し上げます。当列車発電機故障のため、4・5・6号車は暖房が入りません。暖房の入っている1・2・3号車へお移りいただきますよう、お願い申し上げます」

牧田は放送を聞いて、そういえば室内の温度が下がってきているのに気がついた。12系客車はスチーム暖房ではない。電源が切れれば空調は窓の開閉のみだ。周りの客が眠たげな不満の声を上げながら、後ろの車両へと移っていく。牧田もどうしようかと思ったが、考えあぐねているうちに隣の3号車はすでに満席となり、通路に座り込む人も出るくらいのイモ洗い状態である。少し涼しいくらいのこの気温なら、広々とボックスを占有した方がまだ快適だ。

結局、薄暗い車内に残ったのは、牧田ともうひとり、シートに時刻表を広げた、どうやら彼と同類の少年の2人だけだった。その少年の様子を伺おうとそちらの方に視線を向けると、彼の方からもこちらを伺うかのように頭を突き出した。その視線は友好的とは言えない、不審げなものだった(ように、牧田にはみえた)。自分が独占したつもりの車両に、部外のヤツが居座ってるとでも思ったのか。牧田は不意に意固地な気分になった。どんなやつか知らんが、自分からは他には移らないぞと決めた。

0:45
牧田は東北の冬を甘く見ていた。
車内にさえいれば暖房なしでもなんとかしのげると考えていた。しかし気温は着実に下がり続けている。二段式の開閉可能な窓も、こんな時にはすきま風を通す建てつけの悪さばかりが気にかかる。

ついに壁の温度計は0度を割り込んだ。とてもじっと坐ってなんかいられない。混んでいてもいいから隣の車両に移ろうか....?そう考えた牧田が、ふと前方に目をやると、また少年と視線が会った。少年も、寒さのせいで明らかに唇が紫色に変色していた。

少年「とっとと諦めてあっちへ行け」
(と言っているように牧田には見える)
牧田「な、なにをう....」
(無意味に睨み返す)

こうなると、寒い、寒くないの問題ではなかった。
牧田は最後まで居座ることに決めた。
冷凍車は、2体のゾンビを北へと運んでいく。

3:15
結局電源は回復せず、遅れた時間も取り戻せないままのろのろ走り続けた「十和田」が仙台にようやくたどり着いた。すでに乗り継ぎは不可能だが、そんなことはどうでもいいほど、牧田は体の芯まで凍りついていた。一刻も早く下車して駅前の牛丼屋にでも行こう。

ホームに降り立った牧田が、ふと車内に目をやると、かの少年がまたしてもこちらを見ていた。もはや完全に血の気が無くなったその顔に、引きつった笑いが浮かんだ。

その目が

ふん、このド素人が。」

と、勝利を高らかに宣言していた。(ように、牧田にはみえた)

鉄道に興味をもって以来10年余、牧田は初めて同類に深甚なる畏敬の念を覚えた。

....その11へ続く(な〜んか、違うんだよナァ....)