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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その9
その大学のキャンパスは、河口に広がるなだらかな砂地の丘陵にあった。

冬は日本海からの砂まじりの潮風が強く吹きつけ、目を開けているのも辛いくらいだ。加えていつもどんよりとした厚い雲間から粉雪が舞う、西日本では有数の豪雪地帯で、外地からの学生にはとても暮らしにくい季節である。しかし夏は、暑いながらもカラッとした気候と、何よりきれいな海があるすてきな土地に変貌するのだ。また名産のスイカや、シーズンを通してリンゴ・梨・イチゴ・夏柑といった果物がたわわに実るのである。

農学部の構内にある試験農場も、まさに実りのシーズンを迎えようとしていた。梨の袋かけの実習が先週ようやく終わった。あとは収穫を待つばかりである。露地栽培のイチゴも色づき、次の実習で取り入れである。

ことしから専門にあがった田端公紀(21)は文献検索のため、図書館のある棟へと向かっていた。学部の建物はキャンパスの西南に位置し、図書館は試験農場をはさんだ中央の建物にある。まるで花のように鮮やかな赤のイチゴ畑を通り過ぎるうち、ちょっとひとつつまんでみたくなった。周囲にだれもいないのを確認し、そこらへんで一番おいしそうな一粒を口に運んだ。

「を、をを、ををををっ!!」

昔の子どもじゃあるまいし、田端も今まで数知れずイチゴは食べてきたはずである。しかしあれはホントにイチゴだったのか?と思えるほど、鮮烈で濃厚な味のする一粒だった。不意に田端は、皆で山分けする次回の実習まで取っておくのが惜しくなった。

各実験棟が深夜インキュベートモードに入り、人通りも絶えたキャンパスに、ビニール袋を手に下げてこっそりと忍び込む田端の姿があった。薄暗い実験農場は、まさに夜のイチゴ刈り園である。圧力で粒が崩れないよう、いくつかの袋に取り分けると、素早くその場をはなれ、自室にもどった。

田端は最初収穫分を実家に送ろうとも考えた。しかし梱包の途中で一粒つまむと、やはり絶品の味である。折りから非合法作業をおこなった緊張感も伴って、喉はカラカラだった。瞬く間に一袋食い尽くし、2袋目が減り、3袋めに手をかけ....気づいたころには収穫した分ほとんどを食い尽くしてしまっていた。満足感のうちに田端は、いつしかうとうととしていた。

翌日の1限目は植物生育学概論だった。階段講堂の上端に仲間と陣取った田端だが、いつになく浮かない顔である。無理も無い、勢いのままにイチゴを詰め込んだ胃と、それを未消化のまま受け入れた小腸が悲鳴をあげているのだ。だが、仲間に悟られてはまずい。必死に引きつった笑顔を作りながら、退屈な講義に耐えていた。だが、状況は刻一刻と悪化の一途をたどるばかりである。だんだん意識がうすれつつある田端の耳に、聞くとも無く講義を続ける川島教授の声が届いてきた。

「....というわけで、実際に必要な施肥分を超えた量を適用すると却って発育を抑制するケースもあるわけです。現にみなさんもご存知の、実験農場のイチゴも、3日ほど前に人糞施肥を行ったのが久しぶりなのにあんなに生育していますよね....あ、まさか食べた人、いないですよね?(場内爆笑)」

一同の笑いに、田端は同調することができなかった。この一言がトドメとなって延髄を刺激され、胃から大噴火を起こした。

朝の講堂は、田端の偽大吐血により

鮮血の流水階段

と化した。

....その10へ続く(この世で一番の猛毒は何か解るかね?)