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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その8
「ハイ、終わりましたよ....それにしてもいきなり予約無しで来るからビックリしちゃったよ。プロ野球の選手?ああ、そうなんですか、じゃあ中々予定が立たないよねー....あ、6時間ほどしたら麻酔が切れてちょっと痛くなるけど、もし我慢できなかったら鎮痛剤出しときますから。あと、一週間は毎日朝晩消毒して包帯巻いてくださいね、その後一ヶ月はお風呂上がりだけでいいですから。糸はひとりでに抜けるようになってるから、抜糸には来てもらわなくてもいいです。一ヶ月経てば使用可能ですから、それまでの辛抱ね....ハイ、お大事に」

....そして3週間が過ぎた。湘南シードラゴンズに今年入団したばかりの杉浦一也外野手(19)は、長かったその苦難の日々を振返りながら「あと一週間」と言い聞かせ、今日も一人、深夜のトイレで患部のお手入れに精を出すのだった。

ドラフト外の彼にも、わずかばかりの契約金は出た。だが「退職金の前払いだから」と、全て親に握られてしまった杉浦にとって、社会に出て初めて貰う給料の使い道は、もう随分前から決まっていたのだ。そう、高校野球部の合宿で皆と風呂に入り、大恥をかいたあのときから....

それにしても集団生活の中で、肉体に秘密を抱えて生きるのは並大抵のことではなかった。まず入浴が堂々とできない。杉浦自身の先は8方位を縫合されて、まるで触手を出したイソギンチャクのようになっているのだ。こんなもの見つかろうものなら、もう独身寮でマトモな扱いは望むべくもない。
また患部はくっついたとはいえ、引っ張りがかかった時の痛みは並大抵ではなく、あまり強いと血も出る。たまに同士を集めて開かれるAV鑑賞会も、杉浦には拷問のように思えた。
しかし、それも「あと1週間」である。

治療を終えて部屋に戻ろうとする杉浦に、桧垣二軍監督から電話が入った。
「おいカズ、明日から上(一軍)に行ってこい」
「えっ?!」
「波島がまた故障だ。チャンスだぞ。モノにしてくるんだな」
「あ....は、ハイッ!!」
夢だろうかと杉浦は思った。俊足好守の彼は、今の横浜マリナーズ にうってつけの選手である。それにしても入団早々のビッグチャンスだ。杉浦は小躍りしながら自室へと戻った。

翌日は、いきなり2番・ライトのスタメン起用だった。
相手浪花パンサーズ・エースの林が乱調だったこともあるが、杉浦は打ちまくり4安打3打点、ルーキーとしては大活躍である。が、マリナーズも投手陣が総崩れで、試合は8回を終わって12−7、パンサーズは最終回猛反撃で3点とってなお2死満塁のチャンス、外野の間を抜かれれば逆転というピンチに立たされた。
パンサーズ4番・ボウクレアの放った当たりは、右中間に鋭く飛んできた。必死に追う杉浦。ダイビング一発、球は幸運にもグラブの先に引っかかった。

ゲームセット!

もちろんホームでのお立ち台は杉浦のモノだった。勝利の余韻と興奮に浸りながら、大観衆の歓呼に手を振って答える杉浦。しどろもどろの初ヒーローインタビューに答えるうち、杉浦は先ほどからかすかに感じていた違和感のことなどすっかり忘れていた。

そしてインタビューが終わり、彼がロッカールームへと向かう頃。

グラウンド内では、場内整備員のおじさんが、投げ込まれたテープやメガホンなどに混じって落ちていた、

白いフランク

のような包帯の塊を、手にとって不審そうに眺めていた。

....その9へ続く(俺が戦場で死んだなら〜♪)