Apple iPhone4S
製造元
発売元
Apple computer
SoftBank Mobile
諸元 iOS5/3G+WiFi/64GB
Junk Point おサイフは?
常日頃、自分の嗜好に合わないことを周知されているモノの中に惹かれる部分を見出だしたとき、それを公言するに躊躇を覚えた経験はないだろうか。
筆者にはそうした経験が過去に結構存在する。

例えば、「ユーミン」だ。

彼女の存在は、80〜90年代に鉄っちゃんという世間の片隅にちぢこまったような青春を送っていた筆者にとって、正反対に位置する「リア充陣営」の象徴としてトラウマになっている。
あの「板に乗っかって斜面を滑る遊戯映画」と抱き合わせ商法の「王子旅館に連れてって」ムーヴメント、ゾウをステージに上げ、サーカス団を猿まわしに使う五輪−1恒例金満桃源郷ライブ、今をときめく(....かどうかは分からないが)田辺エージェンシー社長夫人との「ケーキにワインって、意外に合うのよね」などといった「女王様同士のガールズトーク(林真理子氏談)」....そうした彼女の活動に触れるたびに、(当時)付いてきてくれるカノジョもおらず、一度もコンサートに行ったこともなく、そして酒もまったく飲めない筆者のココロはササクレ立つのであった。

にもかかわらず....である。

筆者が思春期に初めて夢中になった、アイドル以外のアーティストの曲を歌っていたのが、他の誰でもない、「松任谷由実」その人なのである。

しかも筆者が好きな彼女の曲はというと(それこそここまでの自分の人生で最も好きになった曲の中に含まれる)、

「埠頭を渡る風」
「リフレインが叫んでる」
「夕闇をひとり」
「雨の町を」

....うーむヤバい、ヤバすぎる。

全共闘世代最後期、メッセージ性の強いフォークが主流の中にあって、少女の内面を私小説として歌に綴り世に出た、希代のアーティストである彼女の中核部分をなすような曲(しかもマイナーコード)ばかりではないか。
このような曲が好きであるとは....とても筆者の嗜好を知る周囲の人々に語るわけにはいかない。

これは松任谷女史自身には何の責任もないことなのだが、昨年(2011年)の紅白で、彼女が連ドラのOPに使われたあの曲を歌った時に、「《TVには絶対に出ない》と言ってた30年前のアンタはどこ行った?」というツッコミを入れた方も多かったと思われる一方で、筆者のように、あの「飼い犬に手を噛まれたオバヤン」の顔が意識にこびりついて離れなかった方もおられたのではないだろうか。
この件について、「噛んだ犬」が学生時代の筆者にとってのアイドルだったことも、いささか事態を加速させる一因になっているのだが。

明るい所でこんな感じ
あまりにかっちょ良すぎでシャクなので
デブらせてみました
....熱くなって話が逸れた。

筆者にとってもうひとつの代表的な存在が「Mac」あるいは「Apple」だ。

筆者はApple社製品が苦手であると公言している。ていうか、周囲に吹聴している。

いや、もう少し正確に言うと、身内や学生時代の友人の中のごく少数の例外を除いて、筆者が苦手に感じた人は、かなりの高率でApple使いなのである。

そうした人に対して筆者が共通して感じる点というと「知性と自信にあふれ、饒舌で交友範囲が広く、それでいてブレない自分を持っていて、人間としての弱点を見出だすのが困難」といったところだろうか。

筆者などは人としての軸ブレまくりなので、そうした人に会うとコンプレックスを感じ、なんとかその人の境地を超越しようと奮闘するのだが、敵(?)の土俵で相撲を取って敵うはずもなく、相撲になる以前にハタキコミを狙って引いてしまう....ということの繰り返しだ。

....うむ、ここまで書いて気がついた。

そうした人達と筆者の関係は、全くもって「Apple」vs.「その他大勢」と同じではないか。

故Steeve JobsがApple社に在籍していた期間は特にそうなのだが、ことマン−マシンI/Fに限って極端にいえば、個人向けコンピュータの世界はApple社が形にしたアイデアをその他のメーカーが模造しているに過ぎないのかもしれない。

製品の市場占有率だけなら、MicrosoftなりGoogleなりがこの「俗世界の王」なのかも知れないが、小規模(?)ながら革新的な技術で無数のフォロワーを生み出し、実質的に世界を支配している「教皇の矜持」が、Apple社と、MacやiOSシリーズをして特別な存在にしているのだろう。

全然違う世界の話だが、かつて中田英寿氏が現役時代、世界のフットボール界のスーパースターを集めたチャリティーマッチのメンバーに選ばれたことがあった。
日本では「欧州選抜vs.世界選抜」と紹介されたのだが、本当のチーム名は "All Europe(全欧州)" と、片や中田を擁した方は "The rest of the world(世界のその他の国)" だったという。
「南米やアフリカの諸国がいかに強大であろうと、世界にフットボールを送り出した元祖は我々だ」
....多くのフットボールファンにとってはどうでもよいことなのだが、そうした"Origin"である旧宗主国の誇りを象徴するような話ではないか。

その是非はともかく、多くのAppleエバンジェリストが心酔するのも実にそうした矜恃故であるだろうし.....筆者がここまで掘っ立て小屋のような自作PCや、言迷の中華Padへと突っ走り、林檎印製品を忌避し続けている(某行徳のまぢんさまから贈られたピザ箱を除く)のも、正にそこに理由がある。
VAIOあたりと違い、ことApple社製品に関して「自社技術でユーザーを囲い込む閉じた販売戦略が嫌い」などというのは、取って付けた理由に過ぎないのだ。

「迎合なんかするもんか。みてやがれ、いつの日か越えてやる」

いつの世も反抗期の少年は、上位者を見てそう思う。一朝一夕には叶うはずもないとココロのどこかでは思っていても。

....とはいうものの、「越えてやる」と思っているということは、とりもなおさず「憧れの存在」であることを暴露しているようなものだ。
筆者の意識の中では、常にAppleに対する競争意識と共に、スーパースターを眺めるような憧憬と、セレブリティの世界への参加に乗り遅れたような焦燥感とがごっちゃになって、妙ちきりんな混沌を形成しているのである。

その三者の微妙な均衡は、ちょっとしたきっかけでどの方向にでも振れてしまうようなものなのだ。

「ちょっとした付合い」があったことは事実だが、それはあくまでその均衡を崩す初動であり、底流には先に述べたような事情があったのは否定できない。

まぁそんなわけでうっかり逝ってしまった林檎電話だが.....いや、これはヤバイ。ほんのちょっと触っただけだが。
多分数値化できない部分ばかりだと思うが、そうしたカタログに現れないところの殆どが、どろいど君系のマシンに勝っている。
もう中華padなんか「なんだかなー」てなぐらいに。ええそうです、今更ですが。
Apple社が「猿真似(*1)」三つ星銀河にマヂ切れなのも分る気がする。

この操作性に対抗できるとすれば、筆者従来機のSH-04Aぐらいではなかろうか。

.....はい、身内贔屓ですけどね。



*注1:Apple社が三星社に対する訴状の中でそう言っている。筆者の意見ではない。



(2012/01/18記)

Junk Junky