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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その206


・・・・「その回答を是とする。ただしさきほど出た労働基準法との絡みがあるな。ひとつ間違えれば我々の目指すシステムは大昔の『愛人バンク』あるいは『人身売買』とみなされ、社会的信用を一気に失うことになるぞ」

「その点に関しては、契約期間を基本的には幼少年期・青年期・成人期・壮年各期にそれぞれ限定し、対象者の発達段階を評価した上で逐次契約期間を延長するという手法を取ります。当然派遣する女性インストラクターには、各々発達心理学的手法による基礎的なカウンセリング手法やモティベーションの与え方などの知識・技術を取得した上でクライエントとの『生活』に入ることになります。あくまでカウンセラーとクライエントという立場は原則として保持することになります」

「なるほど。エリクソンの理論と臨床への適応に関しては、我々にも幼少者や少年に対する教材上のノウハウがあるからな....だが壮年期までサポートするというのは?」

「今後の高齢化社会における新たな介護の手法の模索です。現況の介護は、多大な成人期のマンパワーを浪費して行われています。エリクソンの考えによれば、人間は死ぬまで発達を続けるものであり、それは同世代のパートナーによってよりよく行われるのです。これが成功すれば、今後の高齢者社会福祉政策に与える影響は多大かと」

「なるほど、わかった。で、期間と費用の設定は」

「幼少年期が約8年で2000万円、青年期が約6年で1500万円、成人期はかなり期間が長短しますが20〜40年で2500〜5000万円、壮年期は約15年で1500万円程度を見積もっています」

「全体を通すと1億円か。一般的な男性の生涯賃金のほぼ全額に価するな」

「ですが例の時限立法『国民再生産促進に関する法律』により、クライエントには選考の上50〜60%程度の補助金が支給されます。月次ごとに割れば最大でも約5〜10万程度の出費で済みます」

「なるほどわかった。その設定でいいだろう。で、長期モニタの方はどうなっているかな?」....

通信添削教材によって急成長した受験産業のトップカンパニーの本社会議室では、延々と討論がなされていた。.....
"
・・・・



....サッシの窓の外には、いつもと変わらぬ街並みが広がっていた。
窓の内には....いつもと変わらぬ車椅子に座った、諸岡謙二(84)の姿があった。

”....どうせ俺のところへ尋ねてくれるヤツなんかいないよな....だがまてよ、子供だったか孫だったか、昨日大勢で来たのがいたな。いや、一昨日だったか、先週だったか....まあいい、そのくらいの違いはたいしたことない。何て名前だったか、綺麗だったな、こないだ来た俺の嫁さんは....えーっと....か、かず、....かずこ....かずみ....いや違うな....か.....か...な....かな...そうだ!そうだ!かなだ!いつも俺のそばにいてくれたあの女だ!...そうだよこないだも俺たちの小さな子を連れて来てくれた...ああ、できればあんな人と一緒にここで暮らせたらなぁ...”

毎日同じ姿勢でぼんやりと薄青の空を眺める謙二の元へ、すらりとした細身の女性が老人施設の職員に連れられてやって来たのは、そんなある春の日のことだった。

「....さん、諸岡さん?」
「....あ?」謙二は声のほうを振り向いた。
「ああよかった。今日は分かるみたいだわ....ねえ諸岡さん、今日からこちらの部屋でご一緒に暮らしていただく方を紹介するね。こちら若槻加奈さん。よろしくね」

「お久しぶりです、諸岡さん。加奈です」
謙二の手を取った若槻加奈(84)が、彼に顔を近づけて微笑んだ。

「あ....あう....ああ....あん」
謙二の表情がくしゃくしゃになった。加奈の手を握ったまま何度も何度も上下に振りつづける。

「あら....お知り合いだったのね、よかったわ....いえね、他人の男性と女性に同室でお住まいいただくのはうちでは異例なことなもんで....でもご存知の間だったら大丈夫ですね。では後ほど詳しく施設のご説明に上がりますので、しばらくこちらでお休みになっていてくださいね」
「はい、わかりました。よろしくお願いします」
二人部屋のドアを出て行く女性ヘルパーが肩越しに見たのは、片手を握り合ったまま一緒に外を眺める二人だった。車椅子に座る謙二の肩には、加奈の左手が優しく掛けられている。

「....それにしても奇特な人もいたものねぇ。あの諸岡さんと一緒に暮らそうなんて」
「なんかよっぽど事情があるんじゃないの、昔別れた恋人同士とか」
「でも結構お金持ってるそうよ、あの若槻さんって....恋人っていうか、愛人?」
「きゃーっ。でも今は昔の彼ならず....ってね」
「でもなんか変なのよ、若槻さんの会社のヒトとか言うのが来てて、ケアマネと打ち合わせしてたの。私立ち聞きしちゃった」
「え....てことは私設のヘルパーさん?」
「んー...ていうのとも違うみたいなのよね。なんだかよくわかんない」
「いいんじゃない。私たちの手間が省けて」
「それもそうね」
2人のヘルパーは、顔を見合わせて笑った。

...諸岡が4度目の「あの言葉」を聞くのはいつだろう。
いや、聞く日はやって来るのだろうか。

それでもいい。あの日が戻ってきたのだから。.....


....その207へ続く(生まれ変わっても)