短期集中連載(笑)
....サッシの窓の外には、いつもと変わらぬ街並みが広がっていた。 窓の内には....いつもと変わらぬ車椅子に座った、諸岡謙二(84)の姿があった。 ”....どうせ俺のところへ尋ねてくれるヤツなんかいないよな....だがまてよ、子供だったか孫だったか、昨日大勢で来たのがいたな。いや、一昨日だったか、先週だったか....まあいい、そのくらいの違いはたいしたことない。何て名前だったか、綺麗だったな、こないだ来た俺の嫁さんは....えーっと....か、かず、....かずこ....かずみ....いや違うな....か.....か...な....かな...そうだ!そうだ!かなだ!いつも俺のそばにいてくれたあの女だ!...そうだよこないだも俺たちの小さな子を連れて来てくれた...ああ、できればあんな人と一緒にここで暮らせたらなぁ...” 毎日同じ姿勢でぼんやりと薄青の空を眺める謙二の元へ、すらりとした細身の女性が老人施設の職員に連れられてやって来たのは、そんなある春の日のことだった。 「....さん、諸岡さん?」 「....あ?」謙二は声のほうを振り向いた。 「ああよかった。今日は分かるみたいだわ....ねえ諸岡さん、今日からこちらの部屋でご一緒に暮らしていただく方を紹介するね。こちら若槻加奈さん。よろしくね」 「お久しぶりです、諸岡さん。加奈です」 謙二の手を取った若槻加奈(84)が、彼に顔を近づけて微笑んだ。 「あ....あう....ああ....あん」 謙二の表情がくしゃくしゃになった。加奈の手を握ったまま何度も何度も上下に振りつづける。 「あら....お知り合いだったのね、よかったわ....いえね、他人の男性と女性に同室でお住まいいただくのはうちでは異例なことなもんで....でもご存知の間だったら大丈夫ですね。では後ほど詳しく施設のご説明に上がりますので、しばらくこちらでお休みになっていてくださいね」 「はい、わかりました。よろしくお願いします」 二人部屋のドアを出て行く女性ヘルパーが肩越しに見たのは、片手を握り合ったまま一緒に外を眺める二人だった。車椅子に座る謙二の肩には、加奈の左手が優しく掛けられている。 「....それにしても奇特な人もいたものねぇ。あの諸岡さんと一緒に暮らそうなんて」 「なんかよっぽど事情があるんじゃないの、昔別れた恋人同士とか」 「でも結構お金持ってるそうよ、あの若槻さんって....恋人っていうか、愛人?」 「きゃーっ。でも今は昔の彼ならず....ってね」 「でもなんか変なのよ、若槻さんの会社のヒトとか言うのが来てて、ケアマネと打ち合わせしてたの。私立ち聞きしちゃった」 「え....てことは私設のヘルパーさん?」 「んー...ていうのとも違うみたいなのよね。なんだかよくわかんない」 「いいんじゃない。私たちの手間が省けて」 「それもそうね」 2人のヘルパーは、顔を見合わせて笑った。 ...諸岡が4度目の「あの言葉」を聞くのはいつだろう。 いや、聞く日はやって来るのだろうか。 それでもいい。あの日が戻ってきたのだから。..... |