短期集中連載(笑)
−この物語は、フィクションである−
その117
鬱陶しくじめじめした秋雨の日が続いた後の、晴れた朝だった。
ひところの強い陽射しではなく、開けた上段の窓からは爽やかな秋の風が車内に入ってくる。
笠岡和輝(28)は昨夜の夜更かしが祟ったのか、立ったまま大きな欠伸をした。
口を閉じた笠岡の涙目に、目前で窓に向って大きく口を開けているOLの姿が映った。
外を見ると、保線現場でも作業員の一人が線路を工具で持ち上げながら深呼吸している。
ぼんやりしているうちにターミナルについた。
特急の発着ホームでひねもす時を費やしているホームレスっぽいおじさんが、笠岡の目の前で大量の臭い息を吐き出した。
「やれやれ.....」
笠岡は息を止めながら目前を通過した。
職場の最寄駅を出ると、駅前で「タバコのポイ捨て禁止キャンペーン」の人々がシュプレヒコールを上げていた。
その横で、セブンスターを美味そうに吸っていた禿げ頭が、大きく口を開けたかと思うと、何気にタバコを路上に捨て、ふとキャンペーンに気づいてバツの悪そうな顔をした。
うららかな小春日和のような日だった。
笠岡はオフィスにつくと、またひとつ欠伸をした。
「・・・来ました!着信です。『本日休暇』。送信開始から1時間20分、同時送信のメールは例の遅配障害のため、まだ届いておりません」
笠岡のオフィスを向かいのビルから双眼鏡で覗いていた中年の男が叫んだ。
「やりましたね、オオコソ会長」
「うむ、思った通りだ。使えるじゃないか、なあ、富田くん」
「はい、独創的なアイデア、畏れ入ります。会長」
「今後はワードを増やす研究と、アクセスポイントの確保だ。そうだな、富田くん」
「はい、直ちに手配します。会長」
「これが確立すれば、遅配障害に悩むメールユーザーの代替通信手段として有用なビジネスモデルとなる。そうは思わんかね、富田くん」
「はい、仰せの通りです。会長」
会長は、満足げに幾重にも肉ヒダの重なったアゴを撫でた。
.....ちなみに、笠岡はこの通信実験に全く無関係である。
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