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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである(?)−


その32

夕刻に関東近県を襲った雷雲は、いまだその勢いを保ったままだった。

小田急線と横浜線が交錯する町田駅も、激しく降る雨のただ中にあった。いつもは柿生や伊勢原付近の山越えが危険になり、小田急の方が運転を見合わせたりするのだが、今日は新横浜〜中山付近の横浜線沿線の降りが特にひどいらしい。国際競技場で行われているコンフェデ杯準決勝の熱気が上昇気流となって雷雲を呼んだのであろうか。

《お、お客様にもうしあげますー本日横浜線東神奈川〜鴨居間集中豪雨のため、東神奈川〜中山間時速15kmの徐行運転をおこなっております関係で、デンシャおぉはばに遅れております、おいそが・・・お急ぎのところ大変ご迷惑ですが、いましばらくおまちください》

会社・学校帰りの乗客が溢れんばかりのホームに、中年駅員の強烈なダミ声が降ってきた。何やら興奮気味なのか、前のめりの早口構内放送はボリューム上げすぎで破れ鐘のように待ち客の頭を直撃している。そこまでやらんでも聞こえるのに。

ややあって、また爆音が落下してきた。

《おおきゃくさまにもうしあげますー本日横浜線集中豪雨のため、時速15km・・・これは・・・だいたい『自転車と同じくらい』の速さなんです、『自転車並みのゆっくり運転』を行なっております〜関係で、でんしゃおおお〜はばに遅れております・・・》

意表を突いて降ってきた豆知識に、混み合うホームの中のいくつかの頭が上を見上げた。何人かはお互い顔を見合わせて、クスクス笑っている。ダミ声の放送には続けた。

《・・・・ですので、上り方面小田急線大和から相模せ・・・相模鉄道への横浜方面振り替え輸送をおこなっておりますーこれから横浜線に乗りましても、徐行運転のためそーとおー横浜まではかかると思います・・お忙しいかたは・・・えーお急ぎと・・お急ぎの方は振替輸送をご利用いただきますようおねがいしますー》

今度はそこかしこから失笑がもれた。「忙しい方ってなんだよ?」「電車が遅れて喜んでるやつなんているのか?」・・・・

横浜線の最高制限は95kmである。それが『自転車並み』の15kmになると、やはりこうも遅れるのか。電車は定刻の約1時間近く遅れて、ようやく3つ手前の十日市場に来たようだ。

《おーきゃくさまにご連絡します・・・下り方面電車、ただいまようやく十日市場に到着しております〜中山からはふつうの速い運転をしています・・・お忙し・・お急ぎのところ大変ご迷惑さまですがもう少しの辛抱です、いましばらくおまちください・・・》

普通ならかなりイライラするレベルの遅れと言えよう。だがこの、なんか間違ってるけど親切な構内放送のせいか、妙に弛緩した空気が流れている。もう間もなく電車が到着するという安堵感もあったのかもしれない・・・・
そんなホームにどこからか囁き声が聞こえてきた。どうやら構内放送のスイッチを切り忘れたらしく、駅事務室の話し声が漏れている。

(ブーン・・・)だからよぉ、大雨でダイヤメチャクチャになってんだよぉ・・・・・(ガコッ)・・ったくよ、なんでこんな降るんだマッタク・・・(ブーン)客が溢れてんだよ、ホームから溢れちまわぁな・・・(ガタコン)こりゃ暴動起こっても知らねエぞ・・・・あーもう全部フリカエフリカエ・・・(ガラがらガコンッ)あーお客様にごれんらくし・・》

またしても失笑が、だが今度はかなりの客から巻き起こり、ホームはドッと沸き立った。

やがて電車が到着し、懸念された『暴動』も発生せず、お客様を寿司詰めにした電車は走り去った。
雨はすでに上がりかけていた。



....その33へ続く(あ、おらいっ)