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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その12

その年の納会は、いつもと違う雰囲気で始まった。

北国の古都にある大学に通う市川徹(19)は、空手道部に入って二度目の冬を迎えていた。体育会系の部に入るつもりは毛頭無かったので、最初はどうなることかと思ったが、何とかここまで潰れることなく続けてこれた。

市川が一番困ったのは稽古よりも、OBとのお付き合いである。とくに「とっつぁん」と彼らが陰で呼ぶ三戸先輩は、並み居る先輩方の中でも市川が最も苦手とする親分型のOBである。決して悪い人ではない。豪放磊落でさっぱりとした性格なのだが、とにかく何をやっているのか、しょっちゅう稽古に顔を出し、死ぬほど市川達をシゴいていくは、酒の席で喋りだしたら止まらないわで、なるべくなら遠巻きに見ていたいタイプの人物なのである。
今日の納会も、市内の料亭で一席もうけるつもりだったが、「おらぁお前ら、東いくぞ東」とっつぁんの鶴の一声で決まった。

「東」・・この街にはかつて、色街が東と西に分かれていた。今ではここも男客というよりは、観光のオバちゃんが群れなす文化財の街と化しているのだが、学生時代にこの街で芸妓の置き屋に寝泊まりして、ここから大学に通ったというとっつぁんには思い出深い街らしく、今でもちょいちょい遊びに来るらしい。もとより、市川などにはとても敷居をまたぐ勇気も財力もないが、いったいどんな所なのか一度は見てみたいという興味もあった。

OBを玄関先で迎え、やっと通ることを許された市川は、初老の女将に迎えられた。玄関先は微かに白檀香の残り香がする。凛とした中にも優しい微笑を浮かべる女将の居住と合う穏やかな雰囲気の店だった。

座敷に通され、一同が席についた。先ほどの女将が口上に現れ、明かりが少し落とされる。緊張で少し硬くなる市川らの前で、女将自ら舞を舞いはじめた。口上によれば彼女は宝生流能の名取だそうだ。優美な中にも一分の隙もない動きは、まったく畑違いではあるが、武道をたしなむ市川にとっても感じ入るものがあった。恐らくは現役の部員皆が初めて見る古典芸能に、消え入るように終った舞の後もしばらくは余韻を楽しむかのように無言であった。

・・・いっときの静寂は、割れ鐘のようなとっつぁんの拍手と怒号(?)に破られた。「お〜しっ、芸妓だ芸妓、いるだけ連れてこいっ!」
座敷は幽玄の風情から、いきなり世俗の喧騒に押し戻された。

市川も芸妓と聞いて、少しは期待しないでもなかった。だが、雪崩れ込んできたのは「ひょっとして昼間ここを歩いていたオバちゃんの仮装大会かっ?!」と思わせるほどの、40年前の美女たちの群れだった。

飛び交ってくるとっつぁんとの会話によれば、彼と顔なじみの彼女たちは、どうやら今晩の席は若いウブな男ドモの集まりであると吹き込まれていたらしい。市川は肉食獣のような笑顔でお酌をしてくれる芸妓嬢に、試合でも感じたことのないような圧迫感と身の危険を感じはじめていた。
「おらぁ市川、何硬くなっとるんだ!」
「あ、い、いぇ....」
「おい辰美そいつ、いつものヤツでいっちょ揉んでやれ!硬くなるトコ間違えとるみたいだし」
「あいよ三ちゃんっ、雲龍型だねっ」

辰美と呼ばれたその彼女は、呆然と会話を聞いていた市川の目の前で着物のすそをたくし上げると、いきなり三点倒立をブチかました。市川の視界に広がったのは、

黒い龍の口と

白い龍のヒゲ


だった。
急速に回る酔いと目眩で、市川の記憶はそこで途切れた。

....その13へ続く(傘もってけよ〜)